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2009年7月25日 (土)

父の余命宣告

先日父が入院した。80歳である。今までにも何度も入院している。もう10年以上も前に胃がんの早期発見で胃を切除している。5年以上再発はしなかったが、その後もポツポツと入退院をしていた。
足がすっかり弱くなり、歳もあるし、老いを感じていたが、今回は黄疸が出て、胆管を圧迫しているのがすい臓に出来ている腫瘍のせいだという。
つまりすい臓がんだと。
至急黄疸の処置をしなくては、生命にかかわるとして、内視鏡でのオペ。
ところが覗いてみたら、すい臓の主要が十二指腸まで達していて、手が出せないとか、
結局黄疸の処置も出来ないまま手付かずで終了。

腫瘍も大きく、手遅れ、余命1ヶ月といわれた
私はそれを姉から電話で聞いたのだが、耳にしたとたん涙がぽろぽろとこぼれてとまらなかった。

私は物書きの端くれとして、たいしたものではないが、物語を考えたりしている。
話ごとに主人公はいろんな体験をして、いろんな感情が起こり、悩んだり笑ったり泣いたりする。そういう人のドラマを作れるかどうかは自分の経験も大きいはずだと思ってきた。
私自身は、子供時代はお金に困ることなく不自由なく、仲のよい家庭に育ち、深いことも考えず好き勝手生きてきた。おかげで描いてた漫画も設定の奇抜さや、非日常的な設定やキャラクターの特殊さで話を進めるものが多かった。
自分に経験が無かったため、心理描写が書けなかったのだ。

それから恋愛をして、結婚をして、出産をして、子育てをしてと、人間としてだいぶ経験をつんできた。
(1年前にハーレクインで車椅子のヒロインのロマンスを描いたとき、誰かが「ロマンスというより、ヒューマンドラマみたい」とコメントしていて、それはそれで大変な褒め言葉と私は受け取った。いつの間にか人間が書けるようになったのかなと喜んでいた。)

未経験なのは「死」だ。
肉親の死。もちろん祖父母の死の経験はある。
が、親、兄弟は幸いまだ無い。
義理の父と、義理の妹の死には直面したことがある。
義父は6年前心臓で突然の死だった。そのとき私は、旦那さんにも義母にもなんと声をかけてあげればいいか言いかわからず、何もいえなかった。気の利いた言葉も慰めも言えず、病院で泣き崩れる義母の近くで、小さいわが子をひざに抱えてただ静かに座っていたような気がする。
旦那さんは葬儀が終わるまで弱いところを見せず、喪主代理として勤めをはたして、すべて終わったときに家でポツリとつぶやいていただろうか、「親父とあまり話をしなかったな」
そのときも私は遠慮がちに旦那さんの肩を抱いただけで、何も言葉は出無かったと思う。
ところが今回、余命宣告を電話で聞いたくらいで、涙が止まらず、とにかくすぐに病院に行って、父の顔を見ようと思い、子供たちの世話を義母に頼み、電車に乗るべく駅まで向かったが、涙が止まらず、このままでは電車に乗れないと、少し落ち着こうと駅ビルをうろうろした。
うろうろしながら、突然父を亡くした旦那や義母の悲しみの深さはいかばかりかと、考え、事故で子供を突然失った親が死を受け入れられないで何年も過ぎるというその気持ちもわかるような気がした。
2時間もうろうろして、涙は止まったが、げっそりやつれて死期の見える父の顔を直視できないと思い、(本人はまだ知らないし)結局その日は病院に行かれなかった。

余命1ヶ月とはいえ、大体そういうのは短めに宣告する、3ヶ月や1年に延びるものだと自分に言い聞かせた。兄が担当医から翌日その話を聞き、すぐに癌研有明病院に移る手配をしてくれた。
次の日にお見舞いに行く。父は想像していたほどやつれてはおらず、死期の見える顔でもなかった。私の考えすぎだったかと、しかし病状は何も解決しておらず、とりあえず癌研に移れるのを待つ。

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